第3回  モニカ

「こんばんは、ヒロ」

栗色の髪を後ろで束ね、ぱっちりとした青みかがった目をした長身の女性が満面の
笑みを浮かべている。
その小さな顔にポニーテールが良く似合っている。

広瀬の名前は克哉なのだが、野村が大声で広瀬、広瀬と呼ぶものだから、
いつの間にか職場では「ヒロ」で通っていた。

「こんばんは、モニカ」

先ほどの事は何もなかった様に、少し陽気な雰囲気で答えた。
何故か人間とはそういう物らしい。

「今日はどうしたんだい」
「クリスマスのプレゼントを買いにきたのよ、あなたは?」
「も、もちろん僕もだよ」

広瀬もモニカに調子を合わせておいた。おんなじね、とでも言うように
うなずき、微笑む。頬にすこしソバカスがある顔は子供っぽくも見え、
愛嬌も感じる。

「じゃあ一緒に選びましょうよ」
「いいね、でも君の彼氏が妬くんじゃないかな、こんなとこ見られたら」
「ふふふ、今はいないから、問題なしよ」

モニカは愉快そうに笑って、広瀬と一緒に歩き出した。
腕を組んで歩きたい気もしたが、さすがに馴れ馴れしいかと、諦めた。
いずれは、、、と広瀬は心の中で思った。

彼女はドイツテレコミュートから派遣されて、
広瀬の会社との共同プロジェクトに携わるフランクフルト大学卒の才媛である。

ギムナジュウム高学年の頃にドイツ体育協会の主催する交流事業で
日本に来た事がある。夏休みの短い期間だけではあるが、そこで接した剣道など、
武道に感心を持ったようだ。

そんな事があったので、会社にも希望を出して共同プロジェクトの
メンバーにも選ばれた。
将来的には日本での長期滞在も考えているらしい。

ク-ダム通りを眺めながら歩いて、洒落た雑貨屋に目を止めたモニカは
目を大きく見開いて、「どう?」と広瀬に聞いてきた。

「ふーん、いいね、どうぞ」

広瀬はガラスの扉を押し開け、それを支えてモニカを先に店に導き入れる。

そこにはクリスマスシーズンに相応しい商品が所狭しと並べてあった。

「ところで、ヒロ。誰のプレゼントを選んでるわけ?」
「誰って」

広瀬は適当にプレゼントを買いに来たとは言ったものの、単なるあいづちだったので
一瞬、どぎまぎした。

「ふふっ、わたしが当ててみましょうか」いたずらっぽい笑顔のモニカは言った。
「日本の彼女でしょう」

慶子の顔が頭に浮かんだものの、すぐにそれを打ち消すように
「いないよ、そんなもの」と大仰に肩を竦めてみせた。

「カネダさんがそう言っていたけど」
「じょ、冗談だよ」

金田の野郎、、、あいつもモニカ狙ってるのからか?
まあ、ここは俺が一歩リードするぜ! そんな言葉が頭に浮かんで、
モニカに対しての好意が別の感情に移っていくのを感じた。単なる競争意識なのか。

「君へのプレゼントさ」
「ホントに!」

パッと明るくなったモニカの顔に広瀬も彼女の自分に大しての感情が悪くはないと
確信した。
あっと思う間もなく近付く彼女の顔。ふわりと柔らかいその唇が広瀬の頬に触れた。

広瀬は嬉しさよりも驚きの方が大きかった。それと店員に見られなかったろうか、
と辺りを気にしてしまう。
これは普通の感情表現なのかどうか、戸惑いもあった。

「あ、ああ、アリガト」

その心を見透かされないように、自然と言葉を出したつもりだが、、、

「楽しみだわ、じゃあ、今日はウィンドウショッピングだけにしましょう。ヒロが
選ぶ物が今分ったらつまらないもの、ね」

店内を一周して、外に出た。

「じゃあ、わたしは帰るわね」
「ああ、気を付けて、また明日」

そっとハグをしたときに、見た目スレンダーなその体が意外と豊満な事に
気がついた。着痩せするタイプか。

栗色の髪、小柄な顔だち、やさしい青い瞳、ミルクのような白い肌。
後ろ姿のすらりとした体のモニカを見送りながら、
そのコートの下には、、、いやらしい想像が広瀬が瀬は下半身に新たな血液が送り込まれるのを感じた。



翌日、オフィスではまっ先に金田がデスクの所に飛んできた。

「おい、おまえ、昨日どこ行ってたんだよ」にやりとしながら尋ねた。
「昨日って、それよりモニカに何言ったんだ、困るよ、もー」

金田は広瀬と同期入社で研修も一緒に受けた仲だった。
システム設計の部署を希望したものの、経理に配属。その後の人事考査で粘り強く交渉した結果、
当初の希望部署に返り咲いた変わり者。
ベルリンへも同時に派遣されてきた事もあり、気心の知れた間柄である。

「女性が多いんで、それはそれでよかったけどな」などと、酔うとその遍歴を自慢したくなるやつだが、
何故か憎めないナイスガイだ。

「ああ? お前の彼女の事だろ、ホントの事じゃん。慶子ちゃん、どうしてるかな」

ひっそりと耳に小声で囁く金田。

「会った事もない癖に。まあ、いいけどね」

諦め顔で広瀬はデスクに置いたコーヒーカップをとり、その香りを嗅ぐ。

「ふーん、モニカねぇ。俺が彼女に言ったわけじゃないよ。モニカが聞いてきたんだぜ。
彼女、お前に気があるんじゃねえの」

からかうようなその声にまんざらでもない広瀬。しかしその事は顔には出さず、

「さー、仕事、仕事」と書類をサイドボードから取り出すそぶりを見せるも金田は
まだ話したい様子だ。

「ところで、あそこ行ったの?」
「いや」

少し照れくさいので、昨日の事は内緒にした。それにモニカの事もあるし、、、

「今度行く時は一緒に行こうぜ、な?」

金田も女遊びは好きな方で、その話になると止まらない。

「あぁ、マリアちゃん、良かったな。また逢いたいな」

芝居がかったそのセリフが笑える。

「もうポーランド帰ったんじゃないか」
「あ、そういう事、言うか」

端から見るとボケ突っ込みのような姿である。

マリアもその筋の女で、金田によると、超かわいい、超やさしいらしく、
大分カネも注ぎ込んだらしい。
ある時からその界隈からは消えてしまった。人の出入りが激しいのだろう。

「ニコニコしててさ、あの時も、あー、たまんない」
「目が潤んでるぜ」すかさず突っ込む広瀬。
「うんうん、じゃ帰るな」

「お前、今日、休出じゃないの」驚く広瀬に金田は
「あぁ、今日はお前、明日は俺だ。近くまできたんで、様子を見に来たんだ。
じゃあ、な」

手刀を顔の前で切ってみせて、帰って行った。あとにはシーンとしてオフィスに広瀬一人が残された形だ。

「やれやれ」

コーヒーをくいっと一飲みして、書類に目を通しはじめた。

さすがに休日の出勤というのは日本ではそうでもないだろうが、
ドイツではあまりないようだ。
労働と経営と関係がかなり対等な関係でもあるし、
労働効率も高いのではないだろうか。

金田に言わせると、共産主義思想の総本山はドイツだよ、なんて言ってたな。
そういや、ゾルゲもドイツ人だけどソビエトのスパイだったっけ。

午前中は仕様書のチェックをして、今週の工程表をアップデート。
本社にそのデータを送る。

予想外に作業が捗ったので、メールで仕事以外のものを見てみた。
こういうのは周りに人がいない時にはもってこいだな。集中した頭を休める広瀬。

コーヒー片手にマウスを動かしていると、おや?
慶子からのメールが入っていた。

タイトルは「大事な話なの」とあった。

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© 渡辺 田中 24
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