第22回  出発前

「ねぇ、慶子。こっちにしなくていいのかい?」

細面のすらりとした女性がスーツケースの取っ手を掴んで持ち上げ、
重さを確かめる様にしていた。慶子の母、良枝である。

陳列棚で品定めをしている慶子が選んだりは機能的なトラベルバッグだった。

「ママ、そんなに長い旅行じゃないし、大丈夫なのよ」
「そうかい、でも、、、」

大は小を兼ねる的な気持ちも娘に善かれと思っての事、
国内ならともかく海外となると心配も尽きないものである。

「一人旅だから心配するわよ。何か持って行くものはないの」
「そうね、簡単な着替えくらいでいいのよ。必要なら現地で買えばいいし」

今回の旅について慶子は両親にはただの観光旅行という事にしてあった。

一通り買い物を済ませて、良枝のステーションワゴンに買い物を積んで

「じゃあ、ママ、悪いけど先に帰ってて。これから友達とお茶するからに」
「あまり遅くならないでね。パパを迎えによこすから電話してよ」
「うん」

少し不満顔の良枝をにっこりと笑って送りだす。

相模原伊勢丹から歩いてすぐの、イタリアンバー、ボナセーラで
同僚看護婦の和子と落ち合った。

髪をショートに切りそろえ、つぶらな瞳がかわいらしい。
童顔ではあるが、身長が高いので颯爽とした雰囲気だ。

彼女は携帯でメールを打っていた。
ちらっと慶子を見て、すぐに視線を戻し

「遅いじゃない」
と冗談ぽく言ってみせた。

「ごめん、ごめん。ママの買い物にも付き合ってたから」
「へえー、珍しく親孝行じゃない?、ちょっと後ろめたいか」
「まあ、そんなトコ。じゃあ、同じやつもらおうかな、カプチーノ」

「どうなの?」手持ち無沙汰な慶子は携帯を覗き込む様に聞いた。
「えー、入金が遅いのよね、この娘は」

声を落として慶子が囁く。

「ルチルジン30ミリグラム500錠なんて、多すぎたんじゃない」
「ちょっとお金なくてさ、この年末いろいろお金いるでしょ。あんただって
パリの商社マンに逢いに行くのに、入り用でしょうー」

皮肉っぽく呟く和子。

「商社じゃないわよ、技術者よ。しかもパリじゃなくて、ベルリン!」
「ま、どうでもいいけどー。よし、そーしん、ぴっ」

カプチーノで一息ついて、顔をよせて話し合う。

「あまりはでにやるとばれるわよ。こっちも帳じりあわせるのが大変だし」
「はい、これ」

和子はグリーンのバーキンから茶封筒を取り出して慶子に渡した。

「サンキュ」彼女はそれをエルメスのポーチに仕舞った。
和子は相変わらず着信メールを確認しながら、慶子に尋ねた。

「んー、広瀬さんだっけ。あんたが行ったら彼はどうするかな。話はしてあるん
でしょう」
「ふふっ、準備万端よ」

ーーー
ーー
ー

ぶるっ、、、震えを感じ、カゼか? 首をひねりながら
当の広瀬はアンナ、ぜナと朝食をとっていたところだった。
© 渡辺 田中 24
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